ガンダムのアムロ・レイの母親であるカマリア・レイがクズだと話題になっています。   世代を超えて人気となっている作品・ガンダム。 その中でも屈指の人気を誇る作品といえば・・・やはり、ファーストガンダムですね。 […]

ガンダムのアムロ・レイの母親であるカマリア・レイがクズだと話題になっています。

 

世代を超えて人気となっている作品・ガンダム。

その中でも屈指の人気を誇る作品といえば・・・やはり、ファーストガンダムですね。

 

この記事では、そのパイロットであるアムロ・レイの母親、カマリア・レイについて詳しく考察していきます。

 

記事は下に続きます。

アムロ・レイの母親はカマリア・レイ

カマリア・レイとは、アムロ・レイの母親の名前です。

 

1話でサイド7にいたアムロの家族の描写は、中々帰って来ない地球連邦軍の技術士官である父親、テム・レイだけでした。

ですから、アムロには母親がいないのだろうと思う人が多かったと思いますが、実は地球に母親がいたのです。

 

テム・レイが地球を離れ宇宙で生活を始める際に、宇宙には馴染めないからと地球に残ったのでアムロと離れ離れになっていたのでした。

 

家族と離れ、ひとり地球に残った彼女は、避難民キャンプでボランティアの救護活動をして暮らしていました。

 

カマリア・レイはクズ!

地球でひとり、ボランティアで避難民を助けていたカマリア・レイ。

そう聞くととても献身的で素晴らしい母だろうと連想されますが、実はそうではなく、逆に酷い母親であると言われています。

 

なぜそんな風に言われてしまうのか?

少し詳しく見てみましょう。

 

間男がいた?

まず、最初に沸き起こる疑問は、なぜひとり地球に残ったのかという事です。

 

地球でずっと暮らしていたら、確かに宇宙での生活に不安を覚えても仕方ない部分があるとは思います。

 

けれど、まだ小さな子供がいる状況で、自分ひとりだけ地球に残るという決断を母親が下すのは珍しいのではないでしょうか?

 

テム・レイだけが宇宙に行き、息子のアムロと二人で地球に残るというなら理解できます。

現在の日本でもよくみられる、いわゆる、単身赴任のような感じですね。

 

けれど、テムがアムロに宇宙生活を経験させたいからとまだ幼かったアムロを連れて行こうとしても反対もせずに、アムロに

 

「私は宇宙の暮らしって馴染めなくって……」

 

と言いながら見送るのです。

 

父親であるテム・レイは開発関連の技術者で、家を留守がちにするような人であるのは妻であるカマリアは知っていたはずです。

 

つまり、アムロがひとりで過ごす時間が長い、しかも何日かひとりきりでいなければならない事態になるだろう事が容易に想像出来たはずなのです。

 

1話の頃の、15歳になったアムロならひとりで留守番も出来るでしょうが、カマリアが別れを告げた時のアムロはまだカツ・レツ・キッカくらいの幼さの頃。

 

それなのに、いくら宇宙に馴染めないからといってそんな夫と息子から離れて、ひとりで地球に残る決断をする母親は珍しいのではないでしょうか?

 

けれどカマリアは地球に残りました。

それはなぜか?

 

そのヒントは、実際にカマリアが出てきた13話『再会、母よ…』の最後のシーンにありました。

 

カマリアがアムロと別れるシーン、カマリアの後ろにカマリアをこの場所まで送ってきたらしい車があります。

そしてその運転席には、男の人がいました。

 

この男性、絵コンテには冨野監督によるカマリアの愛人であるという記述があり、また小説版ではアムロがまだ幼い頃から愛人関係を持っていた事が書かれています。

 

つまりカマリアは、愛人と離れたくないから地球に残った。

そう考えられます。

 

確かに、テムやアムロを大切に思っていたのなら、いずれ家族が帰ってくるかもしれない思い出の場所である家をあんな状態で放っておく訳がありません。

 

自宅を軍人たちに荒らされても気にする様子が見られなかったのは、自分の居場所が他にあったからではないでしょうか。

 

なんて情けない子だろうのセリフが酷すぎる

ただ、カマリアの後ろの男性の事は誰でも知っているという訳ではないので、放送当時は特に話題になる事はありませんでした。

 

やはり放送当時からカマリアが非難を浴びていたのは、アムロの行為に対し全く理解を示そうとしない言動です。

 

最初は互いに抱き合って再会を喜び合っていた二人でしたが、ジオンの兵士たちがキャンプに来た時から状況が変わります。

 

アムロの制服が見えないように布団を被せたという事は、ジオンの兵士たちにアムロが見つかってはいけない事は理解していたはずです。

 

けれど実際にアムロが見つかりそうになり、アムロが兵士を銃で撃ってからのカマリアの台詞の全てが、現状を全く理解していないものでした。

 

もしあの時カマリアが望んだ通りアムロが銃で撃たなかった場合、相手は二人ですから抵抗しても多勢に無勢で捕まってジオン軍の捕虜となるかその場で殺されてしまうかでしょう。

 

それにもし、ホワイトベースの乗組員である事やガンダムのパイロットである事を知られたら、情報を聞き出す為にどんな拷問を受けるかわからない。

 

そんな状況であるというのに、銃を持って震えているアムロにカマリアが言った言葉は

 

「あの人たちだって子供もあるだろうに。それを、鉄砲を向けて撃つなんて荒んだねぇ」

「人様に鉄砲を向けるなんて」

「私はお前をこんな風に育てた覚えはないよ。昔のお前に戻っておくれ」

 

そして、安室にとって忘れられないこの言葉・・・

 

「なんて情けない子だろう」

 

というものです。

 

どれもアムロを責め、現状を全く理解していないものばかりです。

今は戦争中で、アムロは兵士で命のやり取りをしているというのに……

 

それに

 

「そもそもお前育ててないだろ!!」

 

とツッコミを入れずにはいられない事を言っています。

 

そしてひとりになると、

 

「男手で育てたからかしら」

 

と、見当違いな事を言います。

この一連のアムロの事を理解しようとしない発言が、あまりにも酷い。

 

アムロ自身の

 

「じゃあ母さんは僕がやられてもいいっていうのかい」

 

という台詞に思い切り共感した人が多発しました。

 

アムロ・レイと母親の決別

一連のカマリアの言葉から、アムロの対応が変わります。

 

再会した時は母さんと呼び、抱き着いていったアムロでしたが、別れる時は敬礼をしながら

 

「お達者で」

 

と硬い言葉で別れを告げ、回れ右をして振り向く事もせずホワイトベースに戻っていきます。

 

それはカマリアに再会した時のアムロは「子供」という存在であったのが、別れる時は子供である事を止めた事を意味しています。

 

ほんの僅かな間の故郷への帰還。

それはアムロから母親に対する期待を奪い、子供としての心を失わせるものとなってしまったのです。

 

まとめ

ファーストガンダムが放送された当時は、今よりも遥かに母親というものは子供の為なら何でも出来る、母親とはどんな時でも子供の味方をするといった概念の世の中でした。

 

アニメでも特撮でも、子供の為に必死に努力し、息子に危機が迫っていたら無我夢中に自分の身を顧みず自分が息子を害する者に向かっていく、そんな母親がほとんどでした。

 

そんな中で、敢えて自分の都合で幼い息子との暮らしを捨て、息子の危機よりも自分の価値観を優先する自分本位な女性を母親にしたのには大きな意味があるのではないでしょうか?

 

ファーストガンダムは、リアリティのある戦争の一面を描く他に、カイやブライトたちホワイトベースの中の若者の成長を描くアニメでもあります。

 

その中でも、特に主人公のアムロはその心情の推移が丁寧に描かれていました。

 

物語前半はまだまだ精神的に未熟さが残っていたアムロ。

そんな彼に故郷への未練を断ち切らせ、独り立ちさせる為にはカマリアのような女性が必要だったのではないでしょうか?

 

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